「——やっぱり口で噛むしかない」
僕は、石で叩いて細かくしてきたトリモチの屑の固まったものを思い切って口に含んだ。特別に嫌なにおいや味はしなかったのでほっとした。そいつを何度も噛んで吐き出した。そして、また、石でさらに叩いてまた口に入れて噛んだ。ダンべ川の中にある岩の一部に手頃な窪みがあり、そこの窪みを使ってトリモチを作っていた。
口に含んで噛んでそれを石で叩く作業を繰り返すと粘りが出てくるのが分かる。仕上げは、その塊をダンべ川を流れている水で洗い、カスを取り除くとトリモチの完成だ。
トリモチの木は、近所の山の中に何本かあったと思うが、ぼくらがその皮を削って取っていた木は、集落の直ぐ近くの山の中にあった。近所の子供たち、たまには大人も採っていたので、幹には削り跡だらけだった。削り跡があることから木を間違うことはなかったが、幹の肌や葉っぱの様子からトリモチの木は判別できた。
小刀(ひごのかみ)を使って、削っていない箇所を10枚程度剥いでいたと思う。もちろん、大量に作りたい時はもっと剥ぐ必要があった。子供の背丈で剥げる範囲は決まっていたが、剥ぐ場所にそんなに困ることはなかった。
それを小刀で少し細かく切った後のまず石で叩くのだ。硬い石を選ばないと石が直ぐ割れてトリモチに混じるので、砂岩系の割れやすい石は駄目で硬い石を選んでいた。
今日は、年上のO君他と一緒にトリモチを使ってのメジロ獲りだ。
まず、インクの実の木——僕らはヒサカキの実が真っ黒いのでそう呼んでいた——を伐り出す。そして、葉っぱや細かい枝の部分を取り除いて、メジロが止まりやすくした小さな立ち木を作る。その木の小枝部分の下側にトリモチを万遍なくこすり付けていく。そして、それを山の中の少し開けた場所に突き刺す。そこにメジロが止まるのを待つのだ。もちろん、ただ待っていたのでは、そう簡単にメジロは来ないので囮を準備するのだ。当時は、ほぼ何処の家でもメジロを飼っていたように思う。メジロ籠に入れたメジロを借りてきていた。そして、トリモチをべったり付けた木の直ぐ近くにメジロ籠をぶら下げてメジロに鳴いてもらうのだ。僕らは、身を隠してひたすらメジロが来て、トリモチを付けた枝の止まるのは待つのだ。
ずっと待っていると、メジロの一群が鳴き声を立てながら近づいてきた。
「掛かった!」
メジロはトリモチの付いた枝に止まると急にひっくり返って頭が下になり、羽をばたつかせた。止まってから異変を感じて飛び立とうとした瞬間、足が枝から離れないので驚いて何度も羽ばたくが、枝から離れられない。僕らは、直ぐに駆け寄ってメジロをゲットした。
捕まえたメジロは、子供たちは自分で飼っていた。芋の煮たものとキャベツをすりつぶして混ぜたものを餌として与えていたが、中々長期には育てられず、3カ月以上は上手くいかなかったように思う。
トリモチは、メジロ獲りの他に、竿先に付けてセミ採りなどにも使っていたと思うが、セミの体がベトベトになるので、昆虫網が普及し出すと使わなくなったように思う。
もちろん、今は、鳥獣保護管理法でメジロ獲りは禁止されているので、トリモチを使ったこの遊びは消えてしまったと思うが、口で噛んでまで作ったトリモチは良い思い出であり、今でも山に入ると、ついトリモチの木を見つけ、削り跡の有無を確認してしまうが、削り跡を今では見ることはない。