「あっ! ウキが少し動いた」
僕は、今日は家から少し離れた隣の集落にあるため池に来ていた。春も盛りに近づいてきており、海では、メバルも釣れる季節になっていたが、メバルは、餌にモエビなどが必要で難しかった。その点、ため池のフナは、小麦粉の団子で餌の準備は簡単だった。
釣り針を小麦粉の団子で覆い、ウキを付けた仕掛けで堤から投げ込む。しばらくはウキに反応はないが、待つと反応が出てきた。
ウキが少し沈んだ。
「今だ」、僕は合わせを入れた。
「掛かった」
竿の抵抗を楽しみながら、魚を手元に寄せた。手のひらくらいの大きさだったが、銀色と金色の鱗がまぶしいマブナだった。釣ったフナは持ってきたバケツに水を汲んで入れた。
こうして、5~6匹ほどフナを釣った。このくらいのサイズなら、家の持って帰っても僕以外は誰も食べないだろう。海の魚と違い、フナはみんなあまり食べたがらない。釣ったフナをどうしようかと思ったが、家に帰る途中道の山裾に小さな池があることを知っていた。僕は、その池に釣ったフナを放した。
今でもその池は多分残っていると思うがフナが生息しているかどうか確かめたことはない。僕のフナ釣りの場所だったため池も残ってはいるが、そこに今でもフナが生息しているかどうか分からない。
ため池でのフナ釣りなど、僕の田舎ではもう誰もしていないと思うが、春が本格的になり、雑草は急に大きくなっていき、空気にも良いニオイが感じ始められる頃の思い出の一つである。