辺りは明るくなってきた。もう少しで朝日が顔を出しそうだ。
僕は、タコ引き用のテンヤを砂地に走らせていた。砂地よりも岩礁部や石ころがある場所が、タコの住処が多いとは思うが、岩礁部に近い砂地でもタコが掛かることがある。そして、砂地だとタコ引き用のテンヤが引きやすい。今引いている場所には、ところどころにアマモが生えている。そして、水はとても澄んでいて、風は未だ吹いていなかったので水の中までよく見えた。
僕は、テンヤの動きを確認しながら、その周りの水中に目を凝らしていた。
「何かが近づいて来た」
それは、底を這ってくるタコと違い、蛍光を発しながら水中に浮かんでテンヤに追って来た。「イカだ!」
タコはもう10匹ほど釣れていたが、イカは珍しい。大きくはないが、珍しい獲物だった。慎重にテンヤに乗るように誘った。タコは何回か駆け引きをすれば、ほとんどの場合は、テンヤに乗ってしまう。しかし、イカはタコのようには上手くいかない。近づいて来たと思ったら直ぐ離れる。テンヤが手元まで来たので、イカに目を離さないようにしながらもう一度投げた。「さあ、乗ってくれ」と願いつつ、テンヤを慎重に操った。何回かやったが乗らなかった。そして、その姿が遠くの方に去っていったのを見送った。
「イカは難しい」ことは分かってはいたが、残念。それにしてもイカはきれいだった。タコだって慎重に砂地や岩礁の上を這っていく姿がきれいだが、イカの輝きは魅惑的だった。
もう少しだけ、タコ引きを続けよう、もっと明るくなってきたらおしまいだ。
イカのことを弟たちに話しても分かってくれないだろう。今日のことは、自分だけしか分からないと思うと少し寂しかった。ただ、いつまでも覚えていると思った。