僕は、近所の友達数人とタブでボラ釣りをしていた。シマミミズを付けた釣り針にウキの調整用の錘とウキゴムに挿した棒ウキの仕掛け。それをテグスで竹竿に付け、思い切り遠くまで飛ばすというものだった。未だリールは使われていなかったので、ボラの食い付きが良い辺りまで飛ばすには、立っていた岸辺から竹竿とテグスの長さの限界近くまで飛ばす必要があった。
「エイッ! 」僕は思い切り力を入れて投げた。
ところが、僕の背後の方で何かに引っ掛けたようだ。たぶん、草か何かだと思った。力を入れると外れると思い、後ろを見ないままさらに力を入れて引っ張った。外れない。
その時、「ウァーン」と後ろで大きな鳴き声が上がった。
びっくりして振り返ると、なんと僕の釣り針は後にいた小さい子——T坊と呼ばれていた——の顔辺りに引っ掛かっていた。大騒ぎとなった。よく見ると、目の近くのようだ。どうして良いか分からなかった。誰かが、僕の母親を呼びにいったようだ。良くは覚えていない。しばらくすると、母親と近所の大人たちが、集落で看護婦さんをやっていたMさんを連れてきた。
Mさんは、さすが看護婦さんで、僕の釣り針がT坊の上の瞼に刺さっており、少し時間を掛けながら上手く外してくれた。後で分かったことだが、幸いに眼球に傷はなくT坊に障害などは一切残らなかった。この時、上の弟も現場に居たとのことで大人になってもこの事件のことは口に出すことがある。
この事について父や母から強く怒られた記憶はないが、この時から釣りをする時は、周囲や背後にものすごく注意するようになった。また、M看護婦さんの素早い対応には敬服している。