穴に塩をマテ貝の貝殻の先を使っていれると反応があった。貝がいない穴であれば、穴の水は反応しない。穴から、「ぴゅっ」と勢いよく水が出てきた。とすると、直ぐマテ貝の水管の先——目のようにも見える部分——が穴から見えた。同時に長細い貝殻の半分近くまで飛び出してきた。僕は素早く掴んで、そしてゆっくり引き出した。一丁上がりである。
塩を入れた他の穴には反応が見られない。僕は、素早く次の場所に数カ所鍬を入れた。それらしきひし形に近いきれいな穴が、また3つ程見つかった。素早く、また塩を入れる。今日は、弟が付いて来たので、掴むのは弟にもしてもらおう。
しかし、掘った箇所には、周囲から次から次と水が溜まってくる。水が穴を越してしまうとマテ貝は急に反応しなくなる。そのことが分かっていたので穴に水が来ないように、必死で穴の近くに鍬を入れて深い部分を作った。
弟は、何とか一つを掴んで引きずりだした。強く引き出すと、下方の足の部分が切れてしまうことがあるので要注意だ。上手くやったなと思うと、他の穴はもう水面下だった。しかたない。
場所を少し移して、また鍬を入れた。穴を見つける、塩を入れる、反応を待つ、反応があれば掴む体制を取る、そして素早く掴み、ゆっくり引き出す、穴の水が入ってこないように周辺に少し深い穴を掘る、塩を入れた穴に反応がないのを確かめると次の場所を掘る、この繰り返しである。
時々は、ハマグリが採れる時もあったし、掘ると同時にクルマエビの小さめのヤツが飛び出すこともあった。
50個程かバケツに溜めると結構重かった。最後に、満ちてきつつあった海水面の中に少しだけ入って、貝と長靴を洗った。
家に帰れば、母はすまし汁にしてくれるであろう。独特のにおいが少しだけ感じるが食べる部分が大きいためアサリよりは食べ応えがあった。
貝掘りの中で一番好きだったのがこのマテ貝掘りだった。小さい頃は、砂地部分にもの凄くいた。大人も子供もよく採っていたと思う。採り方としては、穴に細長い針金を突っ込んで引っ掛ける方法もあるようだが、私の田舎では、もっぱら穴に塩を入れて飛び出してきたところを掴んで採る方法だけされていたと思う。
穴を適切に見つけるためには、砂地部分を鍬(ネットで三徳鍬と呼ばれている鍬を使っていた)で削ぐように掘る必要があった。きれいな面が出るように掘らないと、穴が潰れたりして上手く見つけられない。穴は、ネット上では「ひし形」と表現されているようだが、マテ貝の本体が移動するための穴であるので、マテ貝の断面形と一致する形状であり、ひし形と細長い丸の間のような形であった。貝が使っている穴は、水が澄んでおり、形や穴の水の様子からマテ貝の穴かどうかは慣れれば判断できた。ただし、貝の穴のはずなのに塩に反応しない穴もあった。そういう場合はウノ貝などの他の貝の場合も時々あった。
やっかいなのは、僕の田舎では砂地と水が多い潟地の間のような場所が多かったので、掘って穴を見つけても直ぐ水が押し寄せてきた。従って、塩を入れて直ぐ採れる穴は良かったが、中途半端の反応——穴の表面まで水管部分が出そうな状況であるが本体までは出て来ないなど——の場合は、待つ必要があったので穴が水に浸かることが多かった。そうなると反応がほとんどなくなり、あきらめざるを得なかった。それでももの凄く生息していたので、30~50個程度は子供でも直ぐ採れていた。
すまし汁にして食べることが多かったが、時々は網焼きにして食べた。
たくさん居たが他の人が掘った跡のところは良くなかった。時々、寝床の中で、船でしか行けない貴重な砂地でのマテ貝掘りを夢みたりもしていた。
なお、マテ貝は、今でも私の田舎では少しだけだが採れる。観察していると現在は採っている人はいないようである。数が減ったためか、貝掘りする人自体が少なくなってしまったかのどちらかと思われる。