さっきまで顔を照り付けていた日差しが無くなっていた。潮も満ちてきて海水面が胸近くまできていた。もう少しすると暗くなってくる。首から下げていた餌かご——と言ってもカラの缶詰カンに紐を通し胸から下げたものであるが——の中のヤドカリの腹も少なくなってきたし、7~8匹はキスゴが釣れたので、そろそろ家に帰っても良いかと思っていた。
僕はこの時間がとても好きだった。夕凪で水面は鏡のようになっており、わずかな揺らぎだけが腰辺りに打ち付けていたが、水は暖かく気持ち良かった。でも暗くなってしまうと、また父や母が心配するだろう。
その時、竿に強い引きがあった。直ぐに合わせると竿が大きくしなった。キスの引きとは違う!——釣り糸が切れるかも知れないような引きであった。胸がドキドキしながら竿を操った。竿を傾け、魚を足元近くまで寄せると、背びれを目いっぱい立て中くらいのチヌが上がってきた。キスゴ釣り用の釣り糸で何とか手繰り寄せることができる大きさのサイズであった。逃がさないように、しっかり掴みながら魚籠の中に入れた。
時々、キス以外にこのチヌや小ダイなどが釣れることはあったが、この大きさは初めでであった。父が驚くだろうし、弟たちに自慢できる。帰ったら、キスゴはセギリ(背切り)にして、そしてチヌは鱗を落とし、ハラワタを出して煮つけだ。煮つけは母がしてくれるだろう。
今日は、とても運が良かった。潮の状況を考えれば、あと2、3日は、この釣りができるかも知れない。しかし、この立ち込み釣りも涼しくなってくるとできないので、今年はこれが最後かも知れない。
素晴らしい夏の夕暮れであった。