古い話で恐縮だが、今でもOBとして支援活動している「建設コンサルタンツ協会九州支部」での活動のきっかけについて紹介しておきたいストーリーがあったので書かせていただく(古い話なので正確性は欠いている)。
それは、一本の電話から始まった「しばらく! 建コン勤務の仲間で相談したいことがあるので集まらないか?」。Y社のT氏からの電話であった。30歳代の後半の頃だったと思うので、1988~1990(昭和63~平成2)年頃だったと思われる(資料や写真がなく正確ではない)。
「建コンの人気が乏しく、新入社員が入らない。自分たちで何とかしよう! 何ができるか? 建コン勤務の友達で集まって話し合おう」というものだった。
そして、建コン勤務で福岡市内にいる友人・知人が、六本松の「福大セミナーハウス」で会合を持つこととなった。自分の事または会社1社のことしか頭になかった当時の私にとっては新鮮だった。ただし、「建コンは人気がない」という問題意識は漠然だが持っていたと思う。
10名近くが、その会合に集まってきたと思う。ほとんどは、出身大学が同じでほぼ同年代前後の人間だった。
そして、「映画を作ろう」「コマーシャルを流そう」とかのアイデアが出たが、もちろん経済的に実現不可のアイデアであった。
最終的に実現できそうなアイデアとして、「各大学に乗り込んで、学生に建コンのPRをさせてもらおう」との結論が出た。ただし、このアイデアも交通費などの経費が掛かる。この解決のため、T社のO氏が議論を主導したと思うが、「「建設コンサルタンツ協会九州支部」がというものがある。そこにこのアイデアを持ち込んで支援してもらおう!」との意見が出た。
「建設コンサルタンツ協会九州支部」に掛け合った時の記憶がないので、私はその掛け合いに参加していなかったと思われるが、結果的に承認され、「建設コンサルタンツ協会九州支部」の「広報活動(後に広報委員会発足に繋がったいく)」として認知され、交通費などの経費も協会から支援されることになった。
それから、最初で集まったメンバーが中心となり、九州・山口の各大学も土木系学科の先生方に電話などをして、その実現を始めた。
まだ、パワーポイントの時代は来ていなかった(日本では1995年頃から使えた?)。みんなで手分けして「建コンをPRする資料をOHP(オーバー・ヘッド・プロジェクタ―)のシートで作成し、各大学を回った。丁度、「建設コンサルタンツ中長期ビジョン(ATI構想)、平成元(1989)年」が発表されていたので、それらを参考にしたと思う。
以上の経緯が、建設コンサルタンツ協会九州支部での広報活動の始まりである。その後、広報活動としては、
・PRテレフォンカードの作成・配布(F社のN氏が尽力)
・「お父さんは建設コンサルタント」というタイトルの漫画冊子作成(同上)
・若手社員交流会の開催
・土木の日ファミリーフェスタへの参加
・建コン九州の特色ある事業の「夢アイデア事業」の広報支援
・「広報に関する専門家を招いての講演会」の開催
・「JOBCAFE」開催の支援
などなどを行ってきた。
大学回り時代の写真がないのは大変残念である。2009(平成21)年、海の中道で開催された「土木の日ファミリーフェスタ」に建コン九州として、「土木パソコンクイズ」を出展した時の写真を示す。この写真にあるように「のぼり旗」も広報活動の一環として作ったと思う。
