ここのところ大雨が続いていた。夕方、やっとその雨が止んできた。そして、今夜は大潮で夕方から潮が満ちてくることが分かっていた。僕は、小雨の中、暗くなる前にドバミミズを掘って、バケツに20、30匹ほど貯めていた。餌の準備とともに、ウナギ用の仕掛けとして竹竿5本にテグス、錘、釣り針を付けた仕掛けを用意していた。
夕ご飯の前に、家の直ぐ近くを流れるダンべ川を見に行くと、潮が満ちて来ており、普段は水底が見えるところが茶色にものすごく濁っていて、木くずなどのゴミも相当に漂っていることを確認していた。絶好のコンディションだった。
「ごちそうさま。今日はウナギ釣りに行ってくる」
「気を付けてね」と母が言った。
僕は、懐中電灯で道を照らしながら、歩いて2、3分ほどのダンべ川の下流付近にまず行った。丁度、ばぁちゃんが住んでいる家——その家もダンべ川と呼んでいた——へと渡る橋が架かっているところだ。そこに3本の仕掛けを入れた。ウナギが食い付いた時に竿を持って行かれないように竿の根本を石で固定した。
それから上流に移動して、ダンべ川の左支川の最上流でタブとの間の水門のところまで来た。潮が引くとタブからの水がこの水門の下側を通って流れるが、今は、水門は川側の水位が高いので閉まっており、水門と土手の隙間や土手に使ってある石積みの石の間から少しだけ海の水がタブの方へ流れていた。
本当のところは分からないが、海から濁った川を遡上してきたウナギは、この場所で滞留するのではと予想される場所だ。ただし、狭いので仕掛けは2本のみ投入した。そして小一時間待つために一旦家に戻った。
1時間後、先ず、最初に仕掛けた3本のところへ行った。一本、一本懐中電灯で竿先を照らすと、その内の一本のテグスがピンと張っているが分かった。後の2本は、食い付いている気配はない。まず、その2本を上げた。餌が盗られていた。
テグスが張っている1本を上げると、強い手ごたえがあった。
「やった。掛かっている。ウナギかも知れない」
暗くて良くは見えないが、竿を上げると、テグスに巻き付いた形で中くらいのウナギが上がってきた。懐中電灯を脇の下に挟みながら、釣り針を外そうとしたが相当深くのみ込んでおり外れない。魚籠の中に魚体を入れたまま、持ってきた小刀でテグスを切ってなんとか魚籠に収めた。予想通りであるが何とか1匹は確保できた。餌を盗られた2本は、餌を付け替えて、また入れた。多分、引き上げるのは明日の朝になるかも知れない。さあ、残りの2本のチェックだ。
懐中電灯を照らしながら水門のところまで来た。2本ともテグスが張っているように見える。僕は、緊張しながら1本目を上げた。手応えがあった。
「重い。また掛かっているかも」
また、テグスに巻き付いた形で中くらいのウナギが上がってきた。今夜は2匹目だ。慎重に魚籠の上まで運んで針を外そうとしてが、こっちも針を奥深くまで飲み込んでおり外せない。また、小刀を使ってテグスを切って獲物を確保した。
最後の1本を上げよう。
「あれ! 上がらない。底の何かに引っ掛かったようだ」
しかたないのでテグスが切れないようにゆっくり上げようとしたが、それでも中々上がらない。力を入れると少し動いたように思えた。
「上がった来そうだ。大きなゴミはくっ付いている」と思った。とにかく重いが上げるしかないと思い。僕は力を入れて引きあげた。暗いのでどんなゴミが付いているのか分からなかったが、ゴミの正体を手元まで引き寄せた。
「えっ! ゴミじゃないみたい。動いている。まさかヘビか」と思った。
懐中電灯で照らすと、なんととんでもない大物ウナギだった。胴回りが僕の腕と同じくらいもありそうだ。こんな大物初めての経験だった。中くらいのサイズのウナギの重さの5倍はありと思えた。逃がさないように必死だった。魚籠にまず入れようとしたが魚籠からはみ出しそうだった。何と魚籠に入れてテグスを小刀で切った。直ぐ魚籠の蓋をした。
「ただいま。ちょっと見てよ」
僕は、家に帰って父と母、そして二人の弟に見せた。父はその大きさに驚いてくれた。今日は、もう遅いので、明日の朝、父がウナギを捌いてくれるとのことだった。とんでもない大物を釣った夜だった。