未だ、職場での慰安旅行が普通にあった2000(平成12)年の頃だった(50歳)。
この時は、釜山観光に職場10数名ほどで行った。最もボディ―ボードに熱心だった頃で、釜山の他、慰安旅行で済州島、台湾、沖縄などに行った時もマイボードを持参していた。
季節は、10月末で冬型の気圧配置で北東の強い風が吹いており、行きのビートル号は大揺れだった。
みんなとともに観光地を回ったり、食事をしたりしたが、数グループに分かれて自由行動の時間があった。私は、事前に地図を調べ、良い波が入りそうな場所の目星を付けていた。一緒に付いてきてくれたYさん他と3人で、パラダイスビーチ周辺のビーチを見て回った。
そして、ついに良い波が立っているビーチを見つけた。
早速、海に入ったが、韓国はウインドサーフィンは盛んとのことだったが、ボディ―ボードやサーフィンをしている人は居なかった。
とても良いコンディションだった。年を重ね、体力に自信もなくなってきている今、しかもロングボードをしている今は、波のサイズが大きくなると不安の方が大きくなっていくが、この頃は、バディボードであったので、波のサイズは関係なかった(ボディ―ボードは、ケガをするリスクが低いし、テイクオフの時も立たなくて良いので恐怖心はほとんど感じないと思う。そこが良いことの一つ)。
この日は、体も心も調子良く、しかも良い波でかつ一人占めであったので、結構上手く乗れて、スピンやドロップニー(片膝立ち)もできた。
本当に楽しい日だった。良い写真を撮ってくれたYさんに感謝である。普通は、単独行動のことが多いので自分が海に入っている写真は、中々ない。
海から上がると、現地の海の家の方から声を掛けられ、シャワーを貸してもらった。ここではウインドサーフィンが主で、時には、対岸にある対馬まで行くこともあるなどとの話をしてくれた。
3人で、打ち上げを兼ねて、ビーチ近くの魚の生け作りのお店に入った。ものすごく豪華なご馳走を食べたが、言葉の理解力の影響で、料金を払う時に行き違いが生じた。
詳しくは、いつか報告したいが、同行のYさん――中国人の社員が、中国で抗議し、日本語、英語、韓国語、中国語での遣り取りとなったが、中国語での抗議に効き目があったようで、私たちが予定していた金額の範囲内で支払った。
今では、最初の料金の遣り取りの中で、私たちが少し勘違いをしていたかも知れないと反省している。
いずれにしても、自分がボディ―ボードで海に入っている状況の写真は少ないので、良い写真を撮ってくれたYさんに感謝である。