
息子が幼いころの四国旅行(忘れ物事件他)
息子が4歳になって直ぐの頃、1983年(昭和58)年の春だったと思う。その頃、勤務先の組合活動の繋がりで四国・高松へ行った経験があった。美味しいうどんや栗林公園の見事さなどから、家族を四国へ連れて行きたいと思った。 未だ […]
息子が4歳になって直ぐの頃、1983年(昭和58)年の春だったと思う。その頃、勤務先の組合活動の繋がりで四国・高松へ行った経験があった。美味しいうどんや栗林公園の見事さなどから、家族を四国へ連れて行きたいと思った。 未だ […]
上海雑技団のチケットが確保できた。 3人で並んで観た。様々な出し物が用意されており、楽しかった。テレビで見たことがあったが、本物を観たと思った程度で、それ以上の感激はなかったように思う。 息子の感想は聞いていない。 再び […]
1995(平成7)年の5月、3人で上海へ行った。この頃からか、息子は家族旅行に次第に付いて行きたがらないようになってきたと思われる。それでも、上海雑技団を観るなどと誘い、一緒に行くことになった。 私は、有名な豫園の見学と […]
盧溝橋も北京市内からそんなに遠くない。 私の上司のNさんにとっては、特別な場所でどうしても行きたかったと言われた。勝手な想像だが、日中戦争が始まる頃に少年だったNさんにとって、当時の日本の戦争へ向けた雰囲気が爆発して、い […]
万里の長城は、北京市内から少し距離がある。時間は限られているし、タクシー料金は高くないことが分かったので、タクシーをチャーターすることとした。日本語が話せる運転手をリクエストしたが、来た運転手は、日本語も英語も話せないと […]
空港には、ホテルまで案内してくれる中国人のガイドが迎えに来てくれていた。ただし、到着ロビーはごった返しており、見つかるまで時間が掛かった。 ホテルまでのバスの中で、ガイドのAさんと、多分、日本語で話をした。「一日の報酬は […]
1994(平成6)年10月、初めて中国に行った。 今の会社員の方は信じられないかも知れないが、当時はほとんど会社には慰安旅行というものがあり、会社の補助と自分たちの積み立てを資金としていた。 その年の秋には、会社内の大き […]
オークランドは、北島の大都会で、緯度が高くなってせいか、日差しが一段とまぶしかった。 街の中を散歩しているとオープンマーケットに出会った。サクランボやベリーが安かった。買って、食べながら歩いた。 観光として、船着き場、少 […]
クライストチャーチの日々も最終日が近づいてきた。最後のオプショナルツアーとして、フィヨルド渓谷の絶景などで有名なミルフォードサウンドへ行くこととした。 途中は、緯度は低いはずだが、熱帯のようなシダ類が繁茂している箇所も多 […]
クライストチャーチは、バンジージャンプでも有名だった。何とか見てみたいと思い、ツアーに参加した。 ポイントまでは小型バスで移動するのだが、アメリカ人の若いグループ、日本人の若いグループと一緒だった。私たち家族は、「見学だ […]
海のそばで育った私だが、マス釣りにはあこがれていた。開口健の『フィッシュオン』の影響か、ヘミングウェイの小説の影響か分からない。両書とも、ニュージーランドのことは出て来ないが、ニュージーランドがマス釣りで有名なことは知っ […]
クイーンズタウンは、湖のほとりにあるこじんまりした町だが、世界的にも有名な観光地だ。クイーンズタウンの全景が分かるポスターがあったので購入した。このポスターは、マンションの壁に今でも貼っている。 予約していたホテルは、町 […]